「知ってるんだぜ……あんたがどんな目でオレを見てるか」

大佐の顔から表情が消えていくのを見つめる。
いつもの取り澄ました笑顔はどこに行ってしまったのだろう。
手の内をさらけ出した無様な男にオレは微笑んで見せる。
ミモザの花が無邪気に咲いている木の下。柔らかな木漏れ日が風で揺れる。木々がざわめく音の他は何も聞こえない。
互いの腹を探り合うような沈黙の中で、絶対に思えていたものが音を立てて崩れていくのを感じていた。
オレと大佐を隔てるもの。
同性同士だということも、十四もの年の差も、お互いが抱えてる困難な問題も、自分を変えないための堰に過ぎなかった。
立ちすくんでいる男の頬に手を伸ばす。滑らかな肌に触れた瞬間に、ぞくりとした。
自分を押しとどめておくための、あらゆるものが意味を無くす。

「ずっと隠し通せると思った?」

「はがねの…」

かすれた声。追い詰められたような顔。暴かれてしまった秘密は、こぼれた水のようにお互いを元居た場所に戻してはくれない。
それでも彼は取り繕おうと焦っている。上手くごまかして、無かったことのようにしようとしている。こんな恋心は間違いだと。
―――そうはさせない

「こうしたいって思ってたんだろ?」

軍服の胸元を掴んで、その端正な顔を覗きこむ。
息も触れ合わんばかりに顔を近づけて、囁いた。

「あんたの好きなようにすればいい。オレはあんたの狗なんだから…さ」

背伸びしたまま、口付ける。
触れるだけのそれでも、大人の理性を打ち砕くことは出来たらしい。
いつの間にか、背中にまわされた腕に力が込められる。まるで自分を閉じ込めるように。
深くなっていく口付けに息を奪われながら、気が遠くなっていく。
これが欲しかっただけだ。好きだとか、愛しているとか、そんなものはいらない。そう自分に言い聞かせていると、本当にそんな気がしてきた。
大佐が好きなんじゃない。ただの興味。
大佐に触れたいんじゃない。ただの肉欲。
大佐を求めているんじゃない。誰でもいい、この陶酔を与えてくれるのなら、あんたじゃなくても。
―――そうやってずっと、自分をだましきれるだろうか?
オレと、あんたが、欲しがっているもの。それを与え合う事ができるのは互いしかいないんだってこと。誰も代わりにはならないんだってこと。
口に出したら、きっとダメになってしまう。
荒々しく押し倒されて、息が詰まる。日差しが明るすぎて、目の前の男の顔が、よく見えない。

「君が欲しい」

肯く代わりに目を閉じた。重なってきた唇を受け止めながら、胸の奥で息づく想いを、言葉にしてしまわぬように噛み締めた。
瞼の裏に、彼の肩越しに見た青空が浮かぶ。鮮やかな黄色の花が揺れて、滲んでいく。


ミモザの花言葉は、「秘密の恋」


2009/12/09

 Novel →