――体を重ねたって、何も変わりはしないと、思っていたけど
Like a virgin
目を覚ますと、まず、ここはどこだったかなと考える。旅暮らしで身についた癖だ。糊のきいたシーツに顔を埋め、窓からこぼれる光に目を細める。
大きな窓。品のよい深緑色のカーテン。柔らかな日差しが、広々とした部屋を照らしている。
「あ……、そっか」
背後から自分を抱きすくめている男の腕に気付く。彼も自分も、何も身につけていなかった。それが、昨夜のことが夢では無かったことを証明していて、恥ずか
しさに身悶えしそうになる。
覚悟を決めて臨んだつもりだったけれど、緊張の糸が切れてしまうと、羞恥心もひとしおだ。熱くなっていく頬に右手のオートメイルを押し当てて、ため息をつ
く。
「どうした?」
「うわっ!」
男の低い囁きに、飛び上がるほど驚いた。
「大佐、起きてたのかよ!」
「十分くらい前からだけどね」
「……起こしてくれよ」
「熟睡してたからね。可愛い寝顔だったよ、エド」
「てめえ…」
ぶん殴ってやろうかと大佐の方に向き直る。けれども、いたずらっぽい口調とは裏腹に、穏やかな笑みが男の顔に浮かんでいたから、調子が狂ってしまう。
男の大きな手が頬を撫で、ゆっくりと乱れた髪を梳かしていく。不思議な感じ。黒い髪も、黒い瞳も、見慣れたもののはずなのに。昨日とはどことなく違って見
える。
さらさらと音を立てて、指が髪の間を通り過ぎていく。予感を感じて目を閉じると、唇が柔らかく重なった。
「体は平気?」
「……どの口で言ってんだよ、あんたは。まったく、初めての奴に、よくもまあ…」
「すまない、加減が分からなくて。……起きれそうか?」
「平気、平気、痛いのには慣れっこだし。それより、腹減ったんだけど」
「何か作るよ」
「……あんたの料理か」
「パンとコーヒーだがな」
「えっ、それだけ?」
「成長期には足りないか?」
「足りねーよ。伸びざかりなんだから。台所貸せよ。卵くらいあるだろ?」
「作れるのか?」
意外そうに目を見開いた大佐に、いつものように笑いかける。
「当ったり前だろ」
「それは楽しみだ」
男の顔にも、いつもの小憎らしい笑みが浮かぶ。それを見て、やっといつもどおりの関係に戻ったような気がしてほっとする。
あっけないくらい簡単に、境界線を踏み越えてしまって。これからどうなってしまうんだろうかと、少し怖かったから。
トーストの上を乳白色のバターが溶けて滑っていく。湯気を立てるチーズ入りのオムレツにトマトケチャップをかけていると、スラックスにシャツを羽織った出
で立ちの大佐が、淹れたてのコーヒーをテーブルの上に置いた。
「砂糖は幾つ?」
「三つ」
「甘党だな」
呆れた顔をしながらも、角砂糖を三つ、コーヒーに落とした。男の分はブラックのままだ。戴きます、とカップを傾けると、挽きたての豆のよい香りが鼻腔をく
すぐった。
「……意外な特技だな」
オムレツを口にした男が感心したように呟く。
「あんたが料理できないほうがオレには意外だけどな」
「いや、レシピを見ればできる…はずだ」
「できない奴はそう言うんだよ」
底意地悪く笑ってコーヒーをがぶりと飲む。
「げほっ、苦っ…げぇ」
「エド、それは私のコーヒーだぞ」
男は笑いを堪えながら、甘い方のカップを差し出した。フン、と鼻を鳴らしてコーヒーを飲み干す。
「――体、辛くはないか?」
「…食ってる最中にそんなこと聞くなよ。っつーか、本当に大丈夫だってば。やる前にあんだけ色々されたら痛くなりようがないだろ」
「ならいいんだが」
「あんたは心配しすぎ。経験豊富の癖してさ」
「……男とは、君が初めてだよ」
その言葉に、まじまじと大佐を見つめてしまう。うっかり漏らしてしまった言葉に、彼は照れ臭そうに目をそらした。
「…ふうん」
一線を越えたからと言って、彼の全てが手に入るわけじゃない。こんなこと何回したって、彼のことなど分かりはしない。そんなこと、よく分かっていたけれ
ど。
本当は、悔しかった。どんなにあがいても、年の差も、経験の差も、埋まりはしない。彼が通り過ぎてきた時間には、触れられない。
だけど、過去に嫉妬するなんて、格好悪いことはしたくないと思っていた。
だって、自分が好きなのは、その過去が作り上げた、今の大佐なんだから。今、目の前にいる男が自分に向き合ってくれるなら、それで十分だ。
――そう思っていたのに、嬉しいと思ってしまうのは、何故なんだろう。
「ま、初めて同士、仲良くやろうぜ、ロイ」
にやり、と口を曲げて笑って見せると、大佐はあっけにとられたような表情を浮かべ、吹き出した。
「何笑ってんだよ」
「いや、君って奴は」
楽しそうな顔で笑う姿に、むくれた顔をしてみせたけど。
昨日抱きあった時よりもずっと、大佐に近付くことができたような気がして、嬉しかった。
「なんか、あんたの方がヴァージンみたいだな」
「そうかもな。――お手柔らかに頼むよ、エドワード」
差し出された掌を、笑って強く握り返した。
2010/05/03
ロイエドプチオンリーでのペーパーラリーに書いたものです。
タイトルはマドンナの曲名から。可愛い曲で大好きです。