知らぬ間にできたその髪の結び目は、誰かがあなたを想っているしるし



ジンクス



「なんだそりゃ」
「いや、前さ、ウィンリィが言ってたなと思って」
「ほーう…あの機械オタクにも、可愛いところがあるじゃないか」
「兄さん、それ、ウィンリィに言っちゃだめだよ」
「なんでだよ。褒めてんのに」
「褒め言葉になってないんだって」


苦笑いをしながら、兄の髪の毛を櫛で丁寧に梳いた。
金色の髪がさらさらと静かな音を立てる。
昔に聞いたたわいもないジンクス。
それを唐突に思い出したのは、兄のその長い髪の中に、そのジンクスと同じものを見つけたからだった。


「そういえば、東方司令部はどうだった?」
「どうって、相変わらずだよ、皆。事件とかなくても仕事は減らないんだな。」
「そりゃそうだよ。中尉とか元気だった?」
「ああ。お前に言われたとおり、お菓子を買って渡したら喜んでたよ。
そういえば、少尉とか曹長がお前がいなくてがっかりしてたぞ。」
「本当?何でだろう」
「お前がこの間ただ働きしてやるからだろ。お前も次手伝う時はただ働きなんかするんじゃないぞ。
猫の手も借りたい時なら、3倍の時給ふっかけても喜んで出すだろうよ。はらった税金取り戻してやれ」
「兄さんだって高級取りの軍属じゃない……。
大体、僕が手伝ったのは兄さんが報告書をまとめるのに時間かかったからでしょう。
今日だって、司令部行かなかったの、そのせいなんだよ。この間なんて5時間もかかって」
「うう…面目ない」
「そういえば、大佐は?今日は会えたの?」
「えっ―――あ、ああ。相変わらず仕事溜めまくってたぜ。まったく、ああいう上司のもとで働きたくないな。
ホークアイ中尉も大変だよな。補佐官っていうよりお守りみたいなもんだよ。オレだったら3時間でぶちきれる自信がある」


うろたえたような声。それを誤魔化すように、饒舌になる。
相変わらず、嘘が下手だな。子供の頃から変わらない。
長く伸びた金髪を、3つにわけて編んでいく。朝も同じように結ってあげたのに。


――― 三つ編みを解いたのは、誰なんだろうね。
兄さんは、自分で結ぶのヘタだから、すぐにわかるよ。


「でも大佐、格好良いじゃない。いざって時頼りになるし。兄さんだって、本当は憧れてるんじゃないの」
「だーれーが!あんな、女ったらし!」


口汚く罵る兄を、それ以上追求しなかった。
本当は、見てしまったから。
この間東方司令部で、大佐と兄さんが、抱き合っていたところを。
報告書を書く、と閉じこもった資料室のドアーが薄く開いていて。
声をかけようとして、持ってきたお茶を取り落としそうになった。
薄暗い資料室に、傾きかけた太陽が差し込んでいて。
大佐の指が、その長い髪を梳るたびに、兄さんの髪がきらきらと光っていた。
二人とも黙って、静かに抱き合っていた。
それは、入り込む隙間もない、二人だけの世界だった。


なんだか不思議な気持ちになった。
ずっと一緒に育ってきて、同じようなことを考えているのだと思っていたのに。
子供の頃から、お互いの事は何でも知ってると思っていたのに。
いつの間にか、家族ではない誰かと、自分の知らない時間を過ごしてる。


どうしてそれが大佐だったのか、どんな過程を辿ってそんな関係になったのか、聞いてみたいけれど。
もし自分がそんな事を聞いたら、兄さんは負い目を感じて、その関係を止めてしまうかも知れない。
そう思うと、たやすく口には出来なかった。芽生え始めたふたりの関係を、壊したくなかった。
あの時のふたりの姿が、壊れそうなものをひっそりと守っているようだったから。
だから、そ知らぬふりをしているしかない。兄さんが自分から、切り出さない限りは。
編み下げた髪を、リボンで結ぶと、そっと手を離す。
見慣れたはずの小さな背中が、急に、知らない人のもののように見えた。


「はい、結んだよ、兄さん」
「悪いな、アル」


本当は、全部知ってるんだよ。
そう言ったら兄さんは、どんな顔をするだろうか。
自分に向けられる笑顔がとても遠く感じられる。
鎧でよかったな、と、泣きそうな気持ちで思った。

2009/06/04

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