Epilogue
両手で彼の顔を掴み、噛み付くように唇を割った。侵入して来た舌先に、くぐもった声が上がる。反射的に逃げようとする体を、首に腕をまわして押さえつける。
舌を絡めてキスを繰り返す内に、自制が利かない位、彼が欲しくなっていた。
私の上に折り重なっていたエドワードを、ベッドに押し倒す。一瞬離れた口から悲鳴が漏れるのを、唇で塞ぐ。
―――これ以上、何も望まないなんて、大嘘だ
唇を離すと、荒い息が交錯した。彼の上に跨ると、金色の目が、驚きに見開かれた。突然豹変した私に、エドワードは明らかに怖がっている。ほの赤い灯りの下でも、彼の肌はなおも青白かった。
なだらかな頬に手を触れる。エドワードが恥ずかしそうに目をそらすと、寝乱れたシーツに顔を埋めた。まるで、情事の後のような皺くちゃの白いシーツに、彼の髪が淡く光った。
あらわになった首筋に、シャツの間から覗く胸元に、ゆっくりと掌を滑らせた。触れる場所が変わるたびに、私の下で彼は身を震わせた。
私は、エドワードの上に体を重ねると、彼の耳に唇を寄せて囁いた。
「私だってね…本当はずっと、こうしたいと思っていたんだよ」
「たい、さ―――ぁっ」
彼の足の間に体を割り込ませると、エドワードが怯えたような声を上げる。
それを意識させるように押し付けながら、赤く染まりはじめた彼の耳朶に舌を這わせた。
「解るだろう?君の事を大事にしたいなんて言っておきながら…このザマだ」
突き当たってきたものに気がついた彼が、信じられない、と私を見つめた。欲望を向けられて、どんな気持ちだろうか。私はいつの間にか、笑みを浮かべていた。
彼の信頼を裏切るようなことをしながら、たまらなく興奮していた。
「君の気持ちが醒めた時、汚点になるようなことはしたくないと思って、耐えていたけどね―――私の自己満足だったようだな」
指先で、彼の唇をなぞった。そのまま顎をなぞり、首筋を辿ると、シャツのボタンに手をかける。一つ、また一つと開かれていくシャツに、彼は怯えの色を濃くしていく。
「君が抱いて欲しいなら、私も自分を抑えるのは止めにするよ―――それが君の望みなんだろう?思う存分、叶えてやるよ」
ボタンを外し終えると、タンクトップを乱暴に引き抜いた。胸元を露にされて、少年が息を呑む。咄嗟に自分を隠そうとした腕を、私はシーツに押さえつけた。
なだらかな白い胸に唇を寄せる。ツン、と小さく立ち上がったそこを舌でなぞると、か細い喘ぎ声が漏れた。舌先が、引きつった傷跡や肌を侵食するオートメイルの境目へと這うと、その声は押し殺すような悲鳴に変わった。
エドワードが噛み締めている唇を、舌でなぞった。そこに口付ける瞬間、覚悟を決めたように、彼はきつく眼をつぶった。
口の中に、生暖かな粘液が広がる。
苦い味のするそれを飲み込むと、ゆっくりと唇をそこから離す。初めて味わう他人の精液の味が、喉に絡み付く。
唇の周りに付いた唾液を手の甲で拭うと、息を吐いた。同性同士の性行為がこんなに生々しいものだとは思わなかった。
ぐったりとシーツに体を投げ出したままのエドワードを、そっと抱き寄せる。
「エド…?こっちを向いて?」
シーツに顔を埋めたまま、エドワードはかぶりを振った。小さな肩が小刻みに震えている。
顔を覆っている手をどかせる。彼が顔を背ける寸前、きつく瞑った瞼から、涙が溢れているのが見えた。
エドワードの細い手首を掴んだまま、シーツにぽたぽたと落ちていく涙を呆然と見ていた。なんて、ことを。のぼせ上がった頭が急に冷えていくのを感じた。
「すまない―――エドワード」
「へいき、だから―――だから、止めないで」
消え入るような声に、胸が苦しくなってくる。小さな体をきつく抱き締めた。
「もう、いいから。本当は、怖かったんだろう?…ごめん、すぐに止められなくて―――もう、しないから」
「ちが…、オレが、あんたを誘ったりしたから……こんな、」
こんなつもりじゃなかったのに、と呻いた言葉に、涙が混じる。
震える体に、幾つも残った口付けの跡を見ているうちに、後悔の念がひしひしと湧いてくる。
乱暴に剥いだ服を直すと、背中に腕を回した。
ゆっくりと背中をさすっているうちに、エドワードの強張りが、次第に、解けていった。
「エド、嫌いになったりしないから、教えて?―――本当に、私としたかった?それとも、その噂のせい?」
「……わからない」
「そうか…」
「大佐の噂、ずっと前から知ってたんだ。付き合うようになってから、どうして、オレには何もしてこないんだろうって……不安になって」
「君には、まだ早いと思ったんだ。こんなことをするのは。―――それに、正直言って、私も不安だったんだ」
「……どうして?」
「君が、どれくらい私を好きでいるのか、解らなかったから。私の気持ちに応えたのは、一時の気の迷いだったと思う日がいつか来るかもしれないから……そうなった時、君を手放せなるかと思って、触れられなかった」
「本当に?」
「……本当だよ。私も、不安でたまらなかった」
「ごめん、子供で…―――オレ、あんたに我慢させてばっかだ……」
私は、先ほどエドワードに突き返された、この部屋の合い鍵を手に取った。
エドワードの手にそっと握らすと、戸惑ったように私を見上げた。
「君にしか渡さないから。だから、無くさないで」
エドワードは、くすんだ銀の鍵を困ったように見つめていた。
「オレ、大佐に何もしてあげられないよ―――ずっと、あんたを待たせてばっかりで……」
「そうだね、確かにずっと、早く君に追いついて欲しかった―――でも、いいんだ。無理して私に合わせようなんて思わないで。私は、今の君が好きだよ。背伸びなんて、しなくていい」
「―――どうして…」
「君みたいな子は、どこにもいないから」
エドワードのまなじりに、透明な雫が溢れた。
涙を堪えるように唇を噛んだ彼に、私は微笑んだ。
君の背があと十センチ伸びたら、今日の続きをしようか
…そんなの、すぐだよ
そう願いたいところだな
笑って胸に顔を埋めてきた小さな彼を、私は強く抱き締めた。